「アーティスト」と「デザイナー」。そして僕は「クリエイター」。

「アーティスト」と「デザイナー」。そして僕は「クリエイター」。

※注:この文章は、【「おまかせ」でとか「いい感じに」とかいう依頼者は嫌い】という気持ちを素直にぶつけたアート作品です。

最近、お仕事をさせていただいている中で「アーティスト」と「デザイナー」の違いについて考える機会が多い。
そして、私は普段「クリエイター」と名乗っている。
「アーティスト」と「デザイナー」、「クリエイター」の違いについて私はこう捉えている。

「アーティスト」とは?


「アート」と言われて最初に思いつくのは、教科書やテレビ、博物館など見た洞窟に描かれた絵である。
狩りの様子、食事の様子など描いていた人は後世に伝えたいとなど1ミリも考えていなかっただろう。
何となく楽しかったから、そして暇だったからだと思う。
最近、絵が描けるようになった息子はいびつな丸を描いてそれをパパだと言う。
そんな説明されなけれえばわからない線ですら、息子が精一杯表現した作品で、非常に感慨深い。

何も、絵だけではない。
普段何気なく口ずさむ鼻歌だって、頭にきてビリビリに破いた紙だってその時の感情に任せて作り出した作品である。

つまり、「アート」とはその時の感情をストレートに表現したもので、誰もが「アーティスト」である。
そんな中、お金を生み出すことができるアーティストは一握り。
今、職業として「アーティスト」を名乗っている人は、試行錯誤を重ねて趣向を凝らし、自分の頭の中を表現しようと四苦八苦し続ける人達である。

「デザイナー」とは?


大昔の洞窟の絵に比べて、デザイナーの起源はつい最近である。
産業革命によって商品が大量生産されるようになると、今まで「アーティスト」の感性によって作られていたものを型として定義する必要があった。
その型を作るのが、「デザイナー」である。
当然ビジネスの中で、より多くの人に手にとってもらえるように、その商品がたくさん売れるようにと型は作られていくことになる。
つまり、デザインにはターゲットがいて、目的がはっきりしている。
これはデザインを学ぶ上で1番最初に教えられることであるが、デザイナーでない人はここを理解していない人が多すぎると感じる。

デザイナーが生み出す作品は、個人の感情を乗せない。
依頼主が達成したい目的を遂行するのにベストだと思うものを代わりに形にしているに過ぎないのである。
それにも関わらず、依頼主がその目的を説明できない場合驚くほど多いのだ。

なんの為にこれを作るのか。

誰に向けた作品なのか。

ここが明確になっていない依頼主は「おまかせで」とか「いい感じに」とか平気で言ってくる。
そして決まってそう言う依頼主は完成した作品に文句をつける。

デザイナーは、頭の中を表現できない人に代わりアウトプットの成果物を作り上げる役割のはずだ。
依頼主の頭の中を異能の力で読み取り、具現化できる神ではない。

「クリエイター」とは?

さて、私が普段名乗っている「クリエイター」。
なぜ私がクリエイターと名乗っているかと言うと、消去法である。
アーティストでもデザイナーでもない。(と、思いたいというのが本音)
アーティストとしての生き方もデザイナーとしての生き方も私にはできないと感じているからである。

「アーティスト」のような、息をするように感情をそのまま作品にぶつける、それだけを愚直に突き詰めていくような情熱もなければそれで食べていけるだけの技術もない。

そして、「デザイナー」のように言われたものを忠実に作っていく作業のような作品作りだけではつまらない。

もちろん今まで身につけてきた技術を使い、お仕事として目的を遂行するためのお手伝いをさせてもらう。
そして時には自分が作りたいと思うものを感情の赴くままに作っていきたい。

どちらにも振れない「何かを生み出す人・作り出す人」という解釈からすると「クリエイター」が一番しっくりくる。

まとめ

以上のように、「アート」「デザイナー」「クリエイター」と似たような意味を持つそれぞれの職種について、私なりの解釈でまとめてみた。
今回自分の考えを整理するつもりで書いてみたが、これを書こうと思った経緯、そして一番伝えたいことは次のことである。

依頼したもの作品には、どんな目的があるか、誰に伝えたいのかを伝えず「おまかせで」と言う依頼者は嫌いだ。
今度、この”嫌い”という感情を素直にぶつけたアート作品を作ろうかな。
あ、今書いている文章も「アート」だね。